HOME > 学習会 > 学習会3「森下芳則さんの講演」
森下芳則さん(元愛知県田原市立図書館長)に講演いただきました。
                        (於:滋賀県立図書館会議室 2015年4月11日)
「いいまちづくり、役立つ図書館」を目指して
【資料】田原市中央図書館と委託による運営との比較
【資料】図書館嘱託員の報酬額について
 講演とフリートークの後に寄せられた皆さんのメッセージ
【追加資料】指定管理者制度の困難 人材育成
「いいまちづくり、役立つ図書館」を目指して
3つの市・町で図書館員として働いて考えたこと

1973年(昭島市民図書館)→ 1977年(日野市立図書館)→
1999年(田原町)→ 2002年(田原町図書館、2003年田原市
図書館)→ 2010年退職(田原潘日記の翻刻)

・館長のリーダシップと市民の期待に応えつづけられない
 図書館への失望

・図書館員の資質 = 資料を求める利用者への共感、
  「基本の徹底」と「変化への対応」

田原町図書館をはじめる時に、住民からもとめられたこと

「ノーベル賞をもらえるような人を育てて欲しい」

  人を育てる ⇒ 社会を担う次の世代、健全な大人を育てる

「図書館の利用者は地元で買い物をしてくれるのか」

  ⇒ 活発な図書館活動が地域にもたらすもの

どのような図書館を目指したか

・当たり前の図書館活動を地道に

 「三つの役割を果たしたい。まず、自由で公平な資料の提供だ。(略)次に人々が交流する
 快適な場を提供する。(略)三つ目はボランティア活動の舞台となること。」
                          (資料『朝日新聞』2002年7月17日)

・百年使える図書館(京都議定書) 地域の共通の記憶になる

・職員の態勢と館長司書有資格(直営の館長としてできること)

  2002年:正規7嘱託8(全員司書、嘱託職員に昇給制)+臨時2
  2003年:嘱託2名増/04年祝日開館し土・日・祝日勤務の嘱託2名
  2005年:昇給額廃止に伴い週5日35時間勤務、月額20万円

利用しやすい図書館を目指して(田原市図書館)

・主題重視の混配(単行本、参考図書、AV資料、雑誌の混配)
  ⇒ 自分で探しやすい図書館。 セルフ・レファレンス
・フロアの目立つ場所にレファレンス・カウンター(認知度は低いが満足度は高い)
・行政資料の収集・配架(図書館条例に田原市行政資料の納本規定)
  ⇒ 行政資料はまちづくりを考える市民の基礎資料
・利用条件 貸出期間3週間、参考図書の貸出し、ブックポストにAV資料の投入可
・インターネット環境の整備 (コンセント、プリンター、無線LAN)
・目の前の利用者を大事に(書架に案内、OPACの使い方の説明、誰でも自分のために他人が
 働いてくれたら感謝する)
・予約・リクエストの重視(20年度処理件数81,384件、協力貸出・相互貸借での借用点数は
 1,739点、人口千人当り26.3点、愛知県内で最多)
・「基本四原則」を参考に
・資料の充実(中央・雑誌:388種、CD:10,259点、ビデオ:3,806本、
 DVD:2,245点)
・移動図書館を市内全小学校に月2回巡回
 「子どもは人口の20%だが、未来の100%だ」英ブラウン元財務相
・研究個室、AVルーム、館内に飲食コーナー
・館内のディスプレイ(関心のあるテーマ、歓迎している雰囲気をつくる)
・平成19〜20年度に新たに取り組んだこと(変化への対応)
  図書館活用講座(検索・予約、DB、インターネット)
  こぶっくおはなし隊(保育園、学校などへのアウトリーチ活動)
  本探しお助けペーパー(YA担当)
  パブリックコメント関係資料の展示・閲覧
  館内無線LAN設置
  キャリア・デザイン講座
  英語多読資料の収集・提供   書店との連携

市民・利用者の評価
・「図書館の充実」が田原市の施策のうち最も満足度が高かった
・「田原の図書館は日本一だから見ていってください」
・「館別累積距離」遠方からでも来館したくなる図書館
50% 80%
稲沢市立中央図書館 1.9Km 3.7Km
田原市中央図書館 3.9Km 11.8Km
碧南市民図書館 2.3Km 4.4Km
愛知工業大学都市環境学科による来館者調査(2007年10月)

図書館長の役割
@図書館の目標を定め、職場全体で共有する
A図書館の方向性を示し、職員の自発的な取り組みを励ます
B嘱託職員が働き続けられる雇用条件(給与と雇い止め)を守る
C専門職館長へのバトンタッチ

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【資料】田原市中央図書館と委託による運営との比較
運営
田原市は直営、A館とB館は管理業務を除いた図書館サービスを委託

3館の中央図書館について比較をおこなった

人口
田原
135千人106千人66,688人

図書館費(平成20年度当初予算、正規職員人件費を除く)
図書館費用(単位:百万円)市民一人当たり
266.936(3館と7分室)1,970円
田原123.64 (3館と移動図書館2台)1,854円
117.58 (1館)1,100円

貸出点数(中央)
図書館市民一人当たり
878,062点10.10点
722,232点 6.76点
田原714,957点13.06点

予約処理件数(全館)
図書館
64,518件
田原60,373件
22,079件

A中央図書館
正規職員    6名 臨時職員 6名

委託スタッフ 25名(平成19年度 受託:TRC) 委託料76,000,000円
       委託スタッフの総勤務時間(1週間):648時間
                8名×週5日×7.5H=300H
               14名×週3日×7.5H=315H
                3名×週2日×5.5H= 33H
       委託スタッフの時給  850円〜870円(司書資格の有無による)

B中央図書館
正規職員    5名(うち1名は育児休業中)  臨時職員 1名

委託スタッフ 27名(平成20年度 受託:大新東) 委託料44,310,000円
       委託スタッフの総勤務時間(1週間):759時間
               11名×週5日×  8H=440H
               13名×週4日×5.5H=286H
                2名×週3日×5.5H= 33H
                (他に夏休み中の要員)
       委託スタッフの時給(大新東のHPより)
             850円〜(東京都内)、830〜900円(川口市内)

田原市中央図書館
(移動図書館1台の巡回を含む)
正規職員    5名(うち1名は育児休業中) 臨時職員    2名(育休代替1名、夏休み期間1名)

嘱託職員 14名(平成20年度)     報酬額総額 34,849,200円
                                    月額報酬
       11名 週5日 7時間勤務       2,640万円 (20万円)
        2名 休日  8時間勤務         240万円 (10万円)
        1名 週5日 7時間勤務(運転手)    204万円 (17万円)
                           3,084万円
        30,840,000円×113%=34,849,200円
                     ※13%は社会保険料等の雇用者負担経費
        嘱託職員の総勤務時間(1週間):452時間
               11名×週5日×7時間=385H
                2名×週2日×8時間= 32H
                1名×週5日×7時間= 35H

        週5日勤務嘱託職員の時給 1,399円(年間245日、1,715時間勤務)

評価
  • 嘱託職員の報酬額が他市の委託料に相当するが、田原はA館より4,100万円、B館に比べても946万円少ない。

  • 田原市図書館嘱託員の報酬は月額20万円で手取り額は17万円前後である。一方で、委託スタッフの時給は850円から870円。時給870円、1日8時間、年間245日勤務として年収1,705,200円、月額142,100円になる。そのうち約2万円が税と社会保険料なので手取り額は12万円程度になる。独立して生計を保つには厳しい条件であり、図書館員として働き続けるのは困難ではないだろうか。

  • 委託館の館長:「委託スタッフは契約上定められた業務をおこない、正規職員は管理的業務に限定される。正規職員は業務についての指示ができず、きめ細かい運営が難しくなった。また、図書館職員としての経験が活かしきれない。」

  • 田原の嘱託職員は、全員が司書有資格者で図書館業務への理解が深く、継続的な勤務によって経験も積んできた。児童、青少年、参考調査、ハンディキャップ、移動図書館、リクエストなどの業務を正規職員と一緒に担当し、新たな仕事への取り組みにも積極的である。

  • 嘱託職員、委託スタッフの週当たり延勤務時間の比較では、田原はA館より196時間、B館より307時間少ない。少数の職員で効率的な運営を行なっているといえよう。

  • 市民一人当たりの貸出点数では、田原が最も高い実績をあげている。

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【資料】図書館嘱託員の報酬額について
平成18年1月17日(森下芳則)

 図書館嘱託員の雇用は、経費の抑制と専門性をもつ職員による図書館サービスを両立させることを目的としたものです。その報酬額は、週5日勤務する者月額20万円、土曜、日曜及び休日に勤務する者10万円(田原市図書館嘱託員運用要領第7条)。この報酬額は妥当なものであると思慮します。以下、その理由を説明します。

1 金 額
 報酬月額については、町役場(当時)嘱託職員の報酬月額、及び県内図書館の嘱託職員報酬額を比較参照し、田原町図書館の業務内容と業務量、勤務条件などを考慮しました。
  • 他市図書館との比較
  •  図書館嘱託員を雇用する県内8館の年間報酬総額の平均は2,484,228円で田原市の240万円は平均額を下回るものです。なお、このうちの3市では報酬のほかに交通費も支給しています。(資料@ 平成17年12月調査)

  • 委託との比較

  • 豊田市
     豊田市ではカウンター業務、リクエストの受理、電話連絡、配架、蔵書点検など非専門的業務と見なす部分を委託しています。委託の積算単価は時給1,411円。入札によって委託業者の選定がおこなわれており、この単価がおおむね非専門的図書館業務の市場価格であると考えられます。
    (平成16年度豊田市図書館の職員構成 正規26名、臨時30名、委託14名)

    田原市の図書館嘱託員
     土・日・休日勤務者の時給 1,304円
     週5日勤務者の時給   1,405円
     土・日・休日勤務者はカウンター業務と配架をおこなう。豊田市図書館の委託と同水準の業務を休日勤務のみという条件で従事し、豊田市の委託より低単価です。
     週5日勤務者は豊田市の委託単価とほぼ同額ですが、正規職員と同様の専門的業務に従事します。
2 業務内容
 カウンター業務以外の図書館業務(資料A 障害者サービス、レファレンス、リクエスト、児童サービス、移動図書館など)は正規職員と嘱託職員(週5日勤務者)を組み合わせておこなっています。
 年間勤務日数は正規職員と同じ244日、毎週土・日のいずれかに勤務し、祝日の半数も勤務、午後7時15分までの遅番は月3回程度です。勤務時間が一日7時間という点だけが正規職員と異なります。
 業務遂行能力と意欲、責任感などの点で正規と嘱託職員との間に格差は見られず、利用者から評判の良い嘱託職員も多い。管理者として正規、嘱託の処遇について矛盾を感じるところです。

3 業務の実例と状況
レファレンス
 利用者の調査、研究に必要な資料・情報の入手を援助する活動で、担当は正規1名、嘱託3名。下記の例は昨年11月に図書館に寄せられた質問の一部です。
  • 講演会で聞いたが、三洋電機の新潟中越地震で受けた影響が詳細に書かれた記事が雑誌に掲載されたようだ。その記事を見たい。
  • 会記(茶会)に書かれていた「元蔵」について知りたい。(読みやどのような人か) 黄瀬戸不仁として「元蔵」と書かれていたが、実在する人物かはっきりしない。
  • インスタントコーヒーや野菜などのフリーズドライ製法の工程及び機械について。
  • フランチャイズ契約書の書き方。
  • 菊池寛の本で、恋愛もので、赤い表紙の厚い本を探している。98歳のおばあちゃんが10代のころ、親に隠れて読んだもの。
リクエスト
 田原に所蔵しない資料を県図書館、他市町公共図書館、大学図書館、国立国会図書館などから借用もしくは購入して提供する。担当者は正規1名、嘱託3名。
移動図書館
 小学校への巡回。野外(校庭)での勤務のため暑さ、寒さなど厳しい環境で従事する。担当者は正規1名、嘱託2名。ただし他の職員も交代で乗務する。
休日(土曜、日曜、祝日)
 小利用は休日に集中する傾向があり、中央図書館の休日一日当たりの貸出し点数では2,115点(H14)、2,576点(H15)、2,802点(H16)、3,011点(H17/4~12月)と年々増加しています。特に17年度になって一日3,000点を越える繁忙の日が多い。

4 報酬額削減の影響の例
  • 館長会での豊田市中央図書館の報告
  • 「委託化に向けて憂慮された課題、問題点等と現状認識」
     3年間は同一業者の受け持ちとなるが、待遇面から委託職員の入れ替わりが発生し、円滑な業務遂行ができない状況が生じる。採用される委託職員は継続勤務が求められる。
    ⇒ 委託職員の想像以上の入れ替わりがあった。約30名でローテーションを組んで業務遂行できていくところ、委託側で当初から今までの時点(約1年間)で100名を越す人員が窓口に就いたことになる。(委託職員の賃金単価は730円と安いことが定着しない原因と考えられる。)

  • 朝日新聞「相談室」 2005年12月10日(資料3)
  • 「小さいころからずっとあこがれていた図書館の仕事に就いています。やりがいを感じ、もっと勉強したいと思う半面、待遇の悪さに給料日のたび、むなしくなります。月曜から金曜まで、朝8時から夕方5時まで働いて手取り月給10万円です。高望みしているわけではなく、せめて人並みにお給料がほしいです。(中略)もう辞めようかどうか悩んでいます。(北陸地方 女性 31歳)」
5 結 論
  • 図書館業務の本質は、資料・情報を利用して生活の向上に資する市民に対するサポート(対人サービス)です。
  • 市民から評価を得る図書館活動を実施していくためには、図書館職員としての資質と能力を備えた職員による運営が必須条件です。
  • 勤務時間総数に占める職員の比率 正規33.6%、嘱託65.5%、臨時0.9%    (17年度当初 正規13,664時間+嘱託26,672時間+臨時385時間=40,721時間)
  • 嘱託職員の能力とモチベーションの維持・高揚を図ることが、図書館の重要課題です。
  • 月額20万円及び10万円の嘱託職員報酬は、業務内容と勤務条件、他の図書館との比較などにおいて妥当なものと考えられます。
  • 現行報酬額(手取り17万円前後)であれば、図書館業務にやりがいや能力発揮の意義を見出し、意欲的な勤務をしてくれる人材を引き続き確保できます。

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講演とフリートークの後に寄せられた皆さんの感想と意見
 森下さんのお話で、図書館職員が一番大事(利用者への共感)というところが心に残った。
 子どもが小学生の頃、地域の図書館が充実していて、司書さんがよく対応して下さって、本が一生の宝物になっている。
 良い図書館の役割は、本当にいろいろあるが、子どもを育てるというところが一番大切。良い図書館があることが市民の財産。
 具体的な内容でわかりやすかった。人生観の話もあり、有意義で勉強になった。図書館のあるべき姿が、より具体的になった。
・聞くものの関心をそらさない楽しい講演で、しかも内容豊かでいい講演でした。資料、家でゆっく
 り読ませていただきます。
・「基本の徹底」と「変化への対応」特に「変化への対応」の姿勢に共感しました。10年前、県立
 図書館に武満徹全集(CDと論文・楽譜も含む10万円位のもの)をリクエストしましたが、CD
 は対象にできないと断られたことが今でも残念なこととして心に残っています。コミック(芸術性
 の高いものがたくさんあります)、音楽、映像も文化の一つとして図書館でも積極的に扱っていた
 だけるとうれしいです。
・京都新聞(2015年4月8日朝刊)に取り上げられた記事が分かりやすく、説得力がありまし
 た。
 この度のことで、図書館について、初めて深く考えるようになりました。
 日頃使っている図書館では、あまり司書の方に相談することはありませんがいい図書館は、司書がしっかり選書をしているということにも気づきました。
 希望を持ち続けていきたいと思いました。
 森下さんのお話から図書館創立時の熱い思いが伝わってきて、今、大津市の図書館に一番不足しているのは、まさに図書館員一人一人にその熱い思いが感じられないことです。残念なことですが、フリートークで市図書館職員の内情を聞く機会がありました。お聞きした現状で熱い思いを育てることができないとわかりました。市民として図書館を図書館職員をそして将来の市民を育てる義務があると考えました。
 まったく無知だったので新鮮でした。
 図書館の役割は、市民が自分の考えを作るための手立てを示してくれるもの・・・という言葉は何と心強いことかと思いました。ありがとうございました。身近な人々に今日伺ったお話を少しづつ伝えたいと思います。
1.図書館の存在価値を再認識した。
2.「良い街にしたい」という想いは記憶から生まれる!に共感した。
3.本を読んで考える人が増える⇒富士山のように裾野が広がれば頂上も高くなる。
4.教育の役割⇒「人を育てる」そのとおりですね!!
5.「子どもは人口の20%だが、未来の100%」 ←これを英国ブラウン財務相が言ったのがす
  ごい!
6.図書館の問題を今回知ることができました。
7.大津市からすばらしい公営図書館を出したい! ⇒そのためには、財源が必要!
 大変良かった。図書館の大切さがよくわかった。
 今後も、このような研修会を続けてほしい。
 胸の高い位置で手を合わせて、情熱的にお話になる面影がどことなく西田敏行さんを思い出させて、とても引き込まれました。図書館というもの、本というものが、いつでも人の心の琴線を激しくかき鳴らすものであるということを改めて感じました。そして、私自身の心の琴線にそんな安価に触れられると思うなよ・・・と、市の担当者にいいたくなりました。為政者というのは、100年前と相も変わらず市民を文盲のままにおきたいのかな・・・・とも思いました。森下さんは一言もそんなことはおっしゃらなかったけれど、そんな事を深く考えさせられました。
 図書館司書の給料は、13万少しが相場です。立命館など大学での委託職員は、時給950〜980円です。図書館の開館時間が立命館は、日本一長い夜遅くまで開館しているというのがうたい文句ですが、司書に夜間手当はありません。学校図書館では13万からいろいろ引かれ、手取りが11万弱です。嘱託の場合、なんと祝日は減給されますので、5月などは10万をはるかに切ったお給料です。手当としては、交通費だけがでます。有給休日は、10日です。司書の労働状況では、一人の人間が専門職として働きながら、生きていくことができないのが現状です。また、滋賀県では、司書が1年採用された後、他の館でまた1年、また1年と渡り歩くような採用をしているので、意欲的な人材が雇われる可能性がほとんどなく、同じ顔ぶれの事務的な職員を来年度は別の館で見ることになります。採用試験に30〜40人の人間が真剣に受験するのに何故同じ人間が、サービスの悪いなどの職員としての資質が問われることなく採用され続けるのだろうか。この体質がある限り、民間委託する方がサービスがよくなるのではないの?という声を消すことは難しいと考えます。まずは、採用時に公正な採用をすることは大切ではないでしょうか。
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 指定管理者制度の困難 −2− 人材育成
 公の運営の非効率に対して、民間の方が柔軟な運営が可能で、経費の削減もできるというイメージが広く流布していますが、少なくとも図書館の運営については当りません。
 既に述べたように、発注者からの仕様書と事業者からの提案書によつて運営される指定管理やPFIによる運営は、活発な図書館活動が継続できる仕組みではありません。しかし、職員数の削減と安上がりを期待して図書館運営を指定管理者などに委ねる自治体も少なくない現状があります。
 PFIや指定管理の導入で話題になつた図書館も、利用実績は既存の図書館に比べて平凡なレベルで、数年後には利用の減少が続く例も多く見られます。
 公立図書館には無料原則があるので、民間事業者に運営をゆだねても収益をあげ、コストを吸収することは難しいでしよう。公立図書館で利益をあげるとすれば、ネットやテレビの世界のように図書館が宣伝媒体として活用できるとか、図書館活動で発生するデータの加工販売などが考えられます。しかし、これらがビジネスとして成立する可能性はほとんどありません。だから、経費の削減について民間独自の手法がないのです。
 PFIによつて建設、運営がされている長崎市立図書館の運営業務総括責任者であった小川俊彦氏は、建設と運営それぞれについて経費の削減を著書で紹介しています。
 「公共工事に関しては、国土交通省の公共建築工事標準単価積算基準にしたがうことが求められている。基準は民間の建設費レベルに近づいているともいわれているが、民間がつくるとなれば資材や工事などに工夫ができる。仮に30億円(の施設)として億単位の差が生じる可能性がある」「運営に関する人件費に関しては、いわゆる世間のアルバイ賃金相場、というぎりぎりまで削減しての提案をすれば、おそらく公務員の平均給与の数分の一ということになつているはずである」(『図書館を計画する』)。
 建設費の削減は一時的なものですし、民間事業であるPFIは金利の高い民間資金を利用せざるを得ないというマイナスの側面もあります。運営経費(図書館費)の削減は、「世間のアルバイト賃金相場」というあけすけな表現のとおり、正規職員を低賃金不安定雇用のアルバイトに置き換えることで実現するのです。
 このような事情は、多かれ少なかれ直営の図書館も同じです。田原市図書館の職員構成は正規職員が三分の一、嘱託・臨時職員が三分の二を占めます。図書館予算の構成をみれば削減が比較的容易に見えるのは非正規職員の報酬であることが分かります。

平成22年度図書館予算から図書館費の構成を見る
田原市図書館(愛知県)/単位:千円
運営事業 資料収集事業
21年度予算額 67,478 43,321 110,799
22年度要求額 68,230 38,924 107,154

 平成22年度田原市の図書館費は1億715万4千円、その内訳は、人件費(嘱託、臨時)44,008千円 41.1%、資料収集経費38,924千円 36.3%、コンピュータのリース料と保守委託の合計が12,020千円 11.2%、この三つの経費の合計が94,952千円で全体の88.6%を占めます。正規職員の人件費は、図書館費ではなく教育委員会総務費に含まれます。
 この時期はトヨタショックもあつて厳しい財政運営が続きましたが、非正規職員の人件費、資料購入費、コンピュータ関連経費が図書館費の大部分を占めます。
 委託になつたとしても、資料購入費とコンピュータ関連経費、その他施設の維持管理に関する経費等の削減は難しいでしょう。結局、指定管理やPFIなど委託による経費削減の対象は非正規職員の人件費になることは避けられません。
 図書館運営受託の最大手であるTRCのHPから募集情報(4月5日調)を見ると、地域により時給は異なりますが800円台が中心です。北海道の780円から、東京で「豊富な経験・スキルのある人」という条件で1,060円でした。時給の違いは各地域の雇用状況を反映したものでしょうが、最低賃金に数十円から百円程度を上乗せした額です。

 TRCが東京、千葉で募集していたのは司書有資格900円、無資格890円でした。これはファミレスなどのアルバイトに比べても低賃金です。驚くべきことに、東京の最低賃金は888円(平成26年)で、司書資格がなければ最低賃金と2円しか違いません。これは誰にでも代替可能な単純業務の雇用条件と言わざるをえません。
 このような低賃金の職場に有能な人材が確保できるわけがなく、図書館と図書館員は社会的にリスペクトを受ける仕事とは見倣されなくなります。指定管理は低賃金の労働者雇用によって、図書館の発展を開ざす手法になつています。  時給800円台の非正規職員はフルタイムで働いても、税金、社会保険料を控除されて手取りは12万円程度になります。経済的に苦しく自立した生活を送ることは難しいでしょう。
 私の知人は、直営の図書館で月額20万円余の報酬で20年以上働いて退職しました。このように、非正規職員(嘱託)として比較的めぐまれた条件の人でも年金は月額9万円程度です。
 非正規職員として働く現役時代も豊かとは言えませんが、老後はさらに厳しい経済状況に置かれます。このような人たちの生活を守るのは、最終的には自治体、国の役割です。
 指定管理などのアウトソーシングは、多くの公的分野に進出していますが、企業が本来負担すべき経費、人件費を自治体や国に付け回しをしていると言えます。  指定管理やPFIなどのアウトソーシングは、誇りを持って働き、人として尊厳を持って生きるための雇用条件を提供できません。低賃金で継続雇用が保障されない現状では、仕事のできる有能な人ほど図書館で働けなくなります。
 一人前の図書館員になるには時間が必要です。経験し、学び、考えて、図書館員としての責任感、当事者としての覚悟ができるのです。指定管理者制度で図書館活動の将来を担う人材育成は決してできないでしょう。
<訂正>前号(190号)3P
@誤:山口市立図書館 → 正:下関市立図書館
A誤:平成15年度  → 正:平成27年度 

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