どんな小説でも登場人物の表情があって、この作家はどんな時にこの作品を書いたのだろうかと、興味津々の内に読み始めるとそれがいつの間にか好きな作家になったり、作品の一部分が忘れられないものになったりする。
先日、図書館でずっと昔に読んだ本が文庫で見つかり、赤茶けてはいたがまだ読める状態だったので借りて帰った。私が好む作家の一人、宮本輝の小説である。彼の作品の一つの『錦繍』は書簡体から始まる男女間でやり取りされる作品だ。今の世の中では日常生活感覚として遠ざかりつつある。だが文中の言葉を借りれば「語る人にとって、手紙とは精神が伸びやかに活動する事の出来るきわめて重要な場所の一つであるに違いない」と。この小説に出てくる人物は過去を追い立てて再会から1年足らずにそれぞれの道を探り出していく。書簡体であるからこそそれぞれの登場人物のお互いの思いが読者に伝わってきたのではないだろうか。
もう1冊、『草原の椅子』。これは、シルクロードを題材にした小説である。シルクロードのフンザはパキスタンのカラコルム渓谷のなかにあって、三つの名峰に包まれている。ディラン,ラカポシ,ウルタンでどれも7千メートルを超える山だ。この地を旅する場面を読んで様々な思いがしたことを思い出した。読み進む内そんな険しい場所へ旅をするなんておそらく私の一生の中で絶対行けないだろうなぁと思いつつも妙にこの風景が文章を読んでもリアルで目に浮かんだことを記憶している。パキスタンと中国の国境を挟んでタクラマカン砂漠があり、そこは、夏は日中の気温が42度もある酷暑、ゴビ灘、竜巻、蜃気楼と旅人にとってはかなり体力のいるところだ。主人公が息子にと養子にした5歳の男の子と、再婚相手、主人公の友人の4人で旅する場面がある。ひたすらに前進していくだけの道。人は自分の道をいつも探しつつ、自分にとって最も居心地の良い場所を生きている間永久に探し求める。この題名がまさしくこの景色を見るにふさわしい草原の椅子であり、そこがこの主人公が求める安らぎの場所だと気づいたのである。読者である自分も同じように高齢者になってもなおも同じように探しているのである。
小説の主人公はいつの間にか読者自身に代わり、あるいは、批評家になり、そうしたところが小説の面白味ではなかろうか。
この作品は「あとがき」で知ったことだが、作者自身が阪神淡路大震災に遭い、その時この国の災害者への国の対応に虚しさを覚えたことなど、そして災害から6か月後にこのタクラマカン砂漠へ旅をし、その直後に書かれた作品だと記してあった。
宮本輝の作品には必ず地名が多くあり、また料理名も詳細にかかれてあり、多方面において物知りだと感心してしまうのである。
こうしてみると図書館というところは昔読んだ本がまた何度も読むことができる宝庫だと言えよう。欲を言えば、赤茶けている本で利用がある本は、入手できるのなら買い替えて欲しいと思う。