頭の老化を防ぐ目的での漢字の書き取り練習を、妻と合戦の方式でしていて、気になっていることがある。熟語として出てくる漢字は直ぐに書けるのだが、同じ漢字が訓読みで現われると「ん?」と考えることがしばしば起こる。
例えば「前例にナラって処理をする」や「素行のオサまらない弟」などの場合、直ぐには正しい漢字を思い出せない。頭の中で「モホウ(模倣)」「シュウシン(修身)」などと関係のありそうな熟語を思い出し、そこに含まれている漢字から訓読みの漢字を思い出す。漢字そのものは知っているのだが、訓読みでは直ぐに出て来ない。妻も同じ状態のようだ。
この理由は何だろう、と気になっていた。
この欄でかつて紹介した「閉ざされた言語・日本語の世界」(鈴木孝夫、新潮選書)にある「『音』とは何か、『訓』とは何か」を読んでいて、私の疑問について考えるヒントを得たように思った。
そこには