書庫を整理していて「シャーロック・ホームズの秘密ファイル」(ジューン・トムスン著、押田由紀訳、創元推理文庫)と「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険」(故 J.H. ワトスン博士著、ニコラス・メイヤー編、田中融二訳、扶桑社ミステリー)を見つけた。何故にこの2冊が残されているのか、不思議に思った。
ずっと以前に、手許にあったコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ物は全て孫に渡したこと、そのパロディあるいはパスティーシュは全て友人に渡したことを記憶している。
友人に渡したことについてはある研究会終了後の雑談が関係している。友人が病床にある彼の友にその無聊を慰めるために自分の持っているコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ物を全て送ったと話したので、それなら私は手許にあるそのパロディあるいはパスティーシュの全てを読んでもらおうと言い、後日友人に託した。「処分するつもりの本だから、気にしないで」と言い添えて。
その際、この2冊が漏れていたのだろう。
辞書によるとパロディ(英 parody )とは「他者によって創作された文学や音楽、美術、演説などを模倣した作品、あるいは作り替える行為そのものを指す」とあり、パスティーシュ(仏 pastiche )とは「作風の模倣のこと。音楽・美術・文学などにおいて、先行する作品の要素を模倣したり、寄せ集め、混成すること」とある。私は多くの場合パロディと言う言葉を使っていたが、両者は同じような意味なのだろう。
私は、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ物が大好きで延原 謙さんの翻訳で何度も読み、そこに現れるホームズの言葉を暗記しているほどである。
あるとき、ホームズ物のパロディというかパスティーシュが何冊か発行されているということを知り、購入を始めた。
最初に買ったのはコナン・ドイルの実子と有名推理小説家の共著になる「シャーロック・ホームズの功績」だったと記憶しているが、その後は目に付いたつど、買っていた。それがかなりの量になっていた。
現在なら、インターネットの検索画面に「シャーロック・ホームズ パロディ」とでも打ち込めば、そこから芋ずる式にかなりの情報が得られるだろうが、当時はそのような便利な方法はなかった。書店に顔を出すつど、関係のありそうな棚を眺めたのだろう。
この文章を書くに当たり改めてグーグル先生が教えてくれたパロディ、パスティーシュ全作品(だろう)の表紙の画像を眺めたが、日本人推理作家によるものを除きほとんどの本は手に入れ、読んでいたことを知った。
私がこれらの本を手に入れた頃には、未だ現在の超大型書店は存在していなかったが、当時の一般的な町の書店であっても品揃えはそこそこ素晴らしかったのだろう。
現在では町の書店の存続に対するささやかな協力の意味もあり、新刊書を買おうとするときには未だ健在である駅の反対側にある書店に出向いている。が、結果的には何度も空振りを経験し、結局はアマゾンで購入することが多い。
書庫に残された2冊のシャーロック・ホームズのパロディあるいはパスティーシュから一つの思い出とそれに関連して現在の普通の町にある一般書店の品揃えについての拙文を書いた。