10 月中旬の爽やかな午前、我が家の庭の片隅に紫苑が咲いているのに気が付いた。六十年もの昔と同じ位置に咲いている。妻は「私がお嫁に来たときからここに咲いている」という。
薄紫のこの花を見ると高校生の頃に石川淳の「紫苑物語」を「名作だ。読む価値がある」と教えてくれた中・高・大学を通じての友人だった今は亡き友を思い出す。いつもは欧米の名作推理小説を教えてくれていたのにどうしてこの本に言及したのか、その時にどのような話をしたのかは全く覚えていない。ただその時に彼が発したこの言葉だけを覚えている。
彼の意見に従って直ぐに書店で文庫本を購入し読んだ記憶があるが、現在では「短編小説であっという間に読み終えたこと、友人の言は正しかったと思ったこと」を除き「紫苑物語」がどのような小説だったかは全く記憶していない。
紫苑の花を眺めながら、久し振りに読んでみようと思い、図書館から石川淳全集第五巻を借り出した。
流麗な文体と言うのか、言葉がリズムを刻み、独特の語り口の文章がそのまま心の中に入ってくるような気持ちでアッという間に読み終えた。久し振りに読書らしい読書をした気分になった。
歌の家に生まれた「いずれ勅撰の集の選者ともなるべきもの」としての才能を捨て、弓の道に入り、その力は「知の矢」から「殺の矢」「魔の矢」へと上昇し、乗り越えるべき自己として現れた人物と対決し、彼を射ることにより自らも死ぬ。 最後の一節は