「死者たちの回廊 よみがえる『死の舞踏』」(平凡社ライブラリー、小池寿子)を手に取ったのには格別の理由はない。その小さな理由はただ一つ、新聞の書籍紹介欄の約半頁を使っての「欧州壁画巡り無謀な車旅」という見出しの文章だった。
ここで著者の小池寿子さんは現存する「死の舞踏」壁画を全て制覇しようとの目論見でヨーロッパ各地を車旅した思い出話を書いている。この文章を読んで「死の舞踏」壁画とは何ぞや、といささかの野次馬根性が芽を出した。
著者は「免許取得1か月、欧州で初めて運転する私がプジョーを駆って、アルプスを一気に下ったのである」「格安レンタカーを借り、……ローマを出発してアッシジ、ラヴェンナ、フィレンツェを巡る車旅は無謀としか言えない行程であった」と書いている。
そして思い出話の最後に「1か月余の『死の舞踏』の旅」の理由として「大学時代は 15 世紀ネーデルランド美術の中でもキリストの磔刑を研究テーマとしていたが、恩師からパリ、サンジノサン墓地回廊に描かれていた壁画『死の舞踏』木版画複製本をいただき、大きな方向転換をした」と書きつつ、「しかし、それは決して方向転換ではなかった。死はつねに身近にあり、私にささやきかける『お前もいつか死ぬのだと』」と纏めている。
「死の舞踏」という言葉から私が思い出すのはただ一つ、エストニアの首都タリンにあるニグリステ教会の「死のダンス」画だけであり、ガイドブックにあった「法王や皇帝、皇女、枢機卿、国王らが『死』とともにダンスを繰り広げる様子が描かれています」という説明だけである。その時は、「骸骨と人間がダンスをしているような絵は見たくない」と思い、その教会を横目で見て通り過ぎた。
図書館から借り出した「死者たちの回廊」を読みながら、現時点ではいささか残念な気持ちもある。
著者はこの著書の中で次のように書き